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記事一覧

(九)菅原道真と坂出

巻第一  3残菊詩  -  残菊の詩  十韻于時年十六 - 十韻時に年十六。十月玄英至     十月、玄英(げんえい)至る三分歳候休     三分、歳候(さいこう)休す暮陰芳草歇     暮陰、芳草(ほうそう)歇(つ)き残色菊花周     残色、菊花周(あまね)し為是開時晩     これ開く時の晩(おそ)きが為なり当因発処稠     当(まさ)に発(ひら)く処の稠(ちゅう)なるに因るべし染紅衰葉病 ...

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無庵詩集59

春あちらこちらから     春たちが押し寄せ 子供たちは          笑って笑って                泣いて泣いて、               怒って怒って               しゃべってしゃべって               歌って歌って                        暮らしていたそこにあるのは春       そこにあるのはタンポポ そちらにあるのはス...

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無庵詩集58

赤いテント少子高齢化が問題視されて久しい実は東大モトクラシ博士が 少子高齢化に歯止めをかける画期的な薬を発明したのです その薬を浴びるとたちまち若返るという薬です。人々が殺到するのを恐れた博士は広場に薬を吹きかけるシャワー設備を設置した赤いテントを張った。さあ! 大変だ若返りの薬を求めて人々が 並ぶ 並ぶ  並ぶ東大モトクラシ博士は絶叫する「 薬はたっぷりあります。押さないで! 押さないでえ‼ 」人...

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(一七)柿本人麻呂の真実を追う

石見相聞歌流罪になった人麻呂の住まいは江川(ごうかわ)河口近くの島根県都野津町だったといわれている。 流罪人だったとはいえ持統天皇の配慮で生活に困るようなことはなかったと考えられる。あとから来た娘とともに穏やかな日々を過ごしていたことでしょう。先に述べたように依羅乙女(よさみのおとめ)はこれまで石見の現地妻だと解釈されてきた。いかにも「色好みの人麻呂」と評価されてきた逸話である。専門家は 何故人麻...

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無庵詩集57

 忘却の町                             ぼくはやってきた                                 遠い町への旅                                      ...

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(八)菅原道真と坂出

臘月独興   ( 臘月に独り興ず )                        于時年十有四    玄冬律迫正堪嗟  玄冬律迫(せま)り正に嗟(なげ)くに堪え還喜向春不敢賒  還って喜ぶ春に向かはんとして敢えて賖(はる)か             ならざることを欲盡寒光休幾處  尽きなと欲する寒光幾ばくの処にか休(や)まん將來暖氣宿誰家  将に来たらんとする暖気誰が家にか宿らん氷封水面聞無浪 ...

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無庵詩集56

  冬の日の夕暮れ                     陸橋がゆがんだ影を落とす           冬の夕暮れの線路は 何故かもの悲しい                線路は緩やかにカーブして夕日に向かう         銀色の電車がカーブして轟音を残して通り過ぎる           ...

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(十六)柿本人麻呂の真実を追う

 人麻呂が生涯愛し続けた紀臣訶佐麻呂の姫様が亡くなり軽の市にさまよっていた頃 藤原朝臣不比等は直廣貳藤原朝臣不比等舎人五十人を許され、大宝元年直広壱から正三位に叙せられやがて中納言から大納言となり、刑部親王のもとで『大宝律令』の編纂に活躍の場を広げていく。部下からの報告を受けた不比等は厳しく尋問するように指示する「お前が軽の市に出かけ叫び続けた女の名前は大逆罪を犯した紀臣訶佐麻呂の娘の名前であ...

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阪神・淡路大震災

 冬の朝 「2020年1月17日 5時46分」冬の朝街が崩れた朝20秒の揺れ街を崩したあちらこちらからささやき声が起こりあちらこちらから悲鳴が上がります父が子供を呼びます母が子供を呼びます子どもが母を呼びます子どもが父を呼びます家が倒れています家と家が支え合って倒れています止まらない嗚咽歩いても歩いても家が倒れています冬 の 朝冬の朝街が崩れた 朝悲鳴の後の囁き 止まらない嗚咽あっちゃんが死んだ冬の夜若...

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(七)菅原道真と坂出

幼ない頃道真は健康に恵まれなかったらしく、大病を患らい母親は一心に観音に祈誓し観音像造立の願を起こし、ようやく病を除くことができた。母は没するとき、道真に遺命してお前の俸禄の上分をさいて、この願を達成するようにと言い残した。この体質の弱さは、後まで彼の心身に影響を及ぼしているではなかろうかと、坂本太郎はその著「菅原道真」で述べている。次に斉衡2(855)年菅原道真11歳のとき詩を詠んでいる。記念すべき処...

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プロフィール

無庵

Author:無庵
忘れられた古代港がある。都から遠く離れしかも主要航路でなかった北四国側にあったこの港に、軍王、人麻呂、道真、崇徳院、西行、寂念など飛鳥、平安時代を代表する詩歌人が足跡を残す。しかも彼らにとっていずれも重要な意味を持つ作品を残している。坂出松山の津はまさに奇跡の港と言えよう。
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